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教会の日々Events

教会の日々(Blog)

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November 2024
「季節外れに」

道端で一輪ぽつんと咲いているタンポポを見つけました。季節外れ、と言う言葉が浮かびました。でも「まだあなたの出番ではないよ」ではなく、「こんな寒くなる時に、頑張って咲いてくれてありがとう、きれいだよ」と思わず声をかけたくなりました。
「むれすずめらん」

またまた、今年もお隣さんから「花が咲いたよ、持って行く?」とオンシジュームの鉢を貸していただいた。玄関先でニコニコと花が咲き踊っている。なんて綺麗なんだろう。「みんなに見てもらった方が花も嬉しいだろうしね」育て手の言葉の、その優しさが伝わっているかのように。
「照らしてくださる光」

すすきが輝いていました。ただの道端の枯れすすきです。「光」に照らされてこんなにも綺麗に。「まことの光があって世に来た」(ヨハネ1:9)。「光」は、私たちの心の中の闇を照らし出し、また、弱く小さな私たちを、星のようにこの世界で輝かせてくださるのです。
「明るさ」

40周年を機に、会堂のカーテンを新しくしました。教会員の方が縫って下さって。どうです?陽の光を通して、とても明るくなりました。(なんせ、前のカーテンは30年物だったので、いつ破けるかヒヤヒヤものでした。)
「なくした鍵発見」

どんなに家中を探しても見つからない・・。ルカ15章の、銀貨をなくした女の例え話を思い出しながら必死に鍵を探す。祈る。「はっ!、もしかしたら・・」翌々日、墓前礼拝を捧げた墓地で無事発見!見つかるって、こんなにも嬉しいんだなぁ。
「みんなの祈り」

「あまり調子が良くないんだって」遠方に住む友の報が入る。どうすることも出来ないもどかしさの中「祈ろうね」そう言い合える仲間たちがいることに救われる。神さま、彼をお守りください。
「新どんぐり」

今年の新物のどんぐりです。とても良い感じの実のなる、どんぐりの木を発見。何で今まで気が付かなかったんだろう?超穴場です。気付かせて下さった神さまに感謝。見つけられた事が嬉しくてこの一週間とてもHappy 。
「弾む声」

「何年振りだろう?」と言いながら、教会の庭でのバーベキューを楽しみました。それぞれの役割を担いながら、笑い声が絶えない。何と良い天気!何と仲の良い神の家族たち!最高の一日を過ごせて、神さまに感謝!
「落ち葉の芸術」

駐車場の落ち葉が、点描画のような芸術作品を地面に描いて、見るもの達を楽しませてくれています。一方で、ガレージや道路の落ち葉は掃除に手を焼く厄介者として扱われることも。同じ落ち葉なのに・・と不思議な気がします。
「視点のマジック」

白いダイサギと黒いカワウが、仲良くクチバシを交わしているなぁとズーム撮影しました。もっと鮮明に撮影をと近ずいたら、なんと二羽は離れた場所で別方向を向いていました。見る角度、視点のマジックです。「この目で見た確かなこと」が、実際は全く違うことだったのです。気をつけなければと思わされた貴重な経験でした。
「親分登場」

ゴミを置きに行ったら、大きなカマキリと遭遇。身体に傷を持っていながら、悠々とした動き。この界隈の大親分のような風格。「子分たちが世話になってるな。ありがとよ。」と言われたような、言われなかったような。
「ハイビスカス・ローゼル」

ハイビスカスの実?食用だとか。思わず買ってお隣さんと半分こ。隣の師匠はジャムに私は塩漬けに。さぁどんな味かなぁ〜。

October 2024
「ダンシング・さるすべり」

駅に行く途中の畑で、楽しそうに踊るさるすべりの木たちを発見。10月10日は教会で「賛美フラ」の発表会がありました。こちらも、みんなが笑顔で神さまの栄光を賛美していて、とても楽しそうでした。
「ふたたびの」

前々回、講壇に飾った青栗が茶色に。でもこれはこれで、味があるよね。先週の花ナスも健在。枝物の赤い葉も、ススキも使えるんじゃない?と、全員に再登壇いただいた、講壇の花シスターズ。ボーイズかしら?
「コウヨウザン(広葉杉)」

教会の駐車場に、杉の実がたくさん落ちているのに気がつきました。昨年まではこんなに落ちてなかったような・・。今年が杉の実の当たり年なのか、成長して実がなるようになったのか?とにかく、実を拾える楽しみに浸っています。
「雨の後に」

突然、大雨が降ったかと思えば、パッと止んで・・。そんな天気がよくあります。今日も、ちょっと油断して傘を持たずに出かけてしまい途中で雨宿り。帰り道で、葉っぱの上の雫たちから「ドンマイ」のエールをもらいました。
「新しい天を見た(黙示録21:1)

爽やかな朝、見上げるとひつじ雲と青い空が見事に広がっていました。私たちに約束されている天の御国の空も同じなのかな? 「水晶のように輝く、いのちの川」と聖書にあります(黙示録22:1)が・・・。楽しみです。
「スイフヨウ」

公園で見かけた「芙蓉」の花、輝くような白い花弁がうっすらとピンクに染まっています。横には紅色の花殻も見られ、もしかしたら時間が経つと色が変わる「スイフヨウ」かなと写しました。とても可憐で可愛くてきれいな花ですが、「酔芙蓉」と書くのですね。酔っぱらってなんかいないのにね。
「お久しぶり」

この夏は暑さのせいかあまり見かけなかった、カマキリ君。彼らの好きな、教会の外壁でバッタリ遭遇しました。お久しぶり、元気だった?じっと見つめられ、あれ?私が,、外が暑いので部屋の中にばかりいたせいで会えなかったのかな。
「花芙蓉」

今年も、たくさんの花をつけた教会の庭の芙蓉の木。次から次へと咲き、開花のリレーが始まっています。秋の訪れと共に、教会に元気を与えてくれる花です。(萎んで落下した花の掃除は大変だけどね。それもまたこの季節の風物詩)
「栗」

珍しく、農協の直売所で栗の枝を見つけました。食べられないけど生け花にはなるからと、早速に講壇用の花として飾りました。「講壇に栗のイガ、斬新ですね」と。えぇ〜と、それ褒め言葉だよね?で、玄関先にも、落ちこぼれ栗を。 
「季節は秋」

10月に入ると「衣替え」、例年ならスーツにネクタイを準備するのですが、厳しい残暑というよりはむしろ酷暑、衣替えどころか身体の季節は夏本番のままです。でも、驚いたことに駅前の街路樹は見事に紅葉し、赤い実をつけていました。自然を支配される御方の御手は、着実に季節という時を刻んでいるのですね。
「古民家の教会」

姉妹教会である三田泉教会で集まりがあり、参加しました。田んぼの中の、古民家を礼拝堂にした教会で、この日も名物の黒枝豆の緑に囲まれていました。最近、古民家を利用したホテルやレストランが見直されていますが、古民家教会も、この地で光を放っているのです。
「お揃い」

講壇の花に、花ナスを飾ってくださった日、Instagramで他の教会の方が「今日の講壇の花に珍しい花ナスを生けてみました。」と報告されているのを見て、思わずイイネをポチリ。遠く離れた教会との、お揃いが妙に嬉しくて。神さまも「今日は花ナスが多いなぁ」と喜んでおられるかしら。

September 2024
「御手のなかで」

部屋の中でバッタを見つけ、両手でつかみました。ふと、このバッタは野菜を食べる憎き害虫と思いましたが、私の手の中にいる可愛い生き物。そう思うと愛しくなり、そっと庭に逃がしてやりました。こんなつまらない、けがれた私を御手の中に抱きしめてくださる御方に感謝する一瞬でした。
「完熟」

果物や野菜は完熟が美味しいもの。実の中で種子が出来上がり、その種を運んでもらうために美味しくなって、野鳥や動物に食べてもらうのです。準備が出来たしるしに赤くなって色ずくのです。私たち人間は、ゴーヤを青いうちに食べ、にがさを味わいます。何か不思議な気がするのは私だけでしょうか。
「想い人」

教会墓地の墓石の上に、可憐な秋桜が置かれていました。どなたかが訪れて置いていってくださったのでしょう。優しい思い出、愛されていた記憶。「ありがとう」の言葉と共に、運ばれてきた秋桜。
「天然色(てんねんしょく)」

思わず二度見してしまった、人さまの花壇の花。「えぇ〜こんな色の葉っぱってある?」そしてよく見ると葉の形は可愛い三角。この造形、この色彩。神さまの御わざに感嘆です。調べて見たら「紫の舞」という素敵な名前もついていて・・。
「名残の夏雲」

今日は、青年たちは河原でBBQ、壮年たちは秋の修養会。忙しい、忙しい。でも楽しいね。夏の恵みを持ち寄って分かち合い、新しい目標に向かって話しあう。そんな仲間たちがいることがとても幸せ。ムクムクと新しいビジョンが生まれてくる予感。
「髪飾り」

賛美フラの先生が、新しい髪飾りを作ってくださいました。発表会のパウスカートの色に合わせて。それを身に付けただけで、身が引き締まり、力をもらえたような気がした。作り手の、祈りと優しさが伝わってくるからかなぁ。
「実りの秋」

穂がこんなにたわわに。台風から刈り入れ時期も、創立40周年感謝礼拝の日も守られた。秋の爽やかさの中で、主イエスのお言葉が心に響いてきました。「・・・・・目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。」ヨハネ4:35
「40周年〜主と共に」

刻まれた時はこの教会の宝物。聖書の御言葉の約束「そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。」ことの証しであり、歴史でもある。主への感謝があふれる・・。
「近づく秋」

日差しはまだ強いけれど、日陰に入ると吹いてくる風が心地よい。そんな秋の気配を感じるようになってきました。講壇の花々も少しずつ、秋モードにシフトしています。
「エノコログサ」

道端にひっそりと茂っていました。またの名を「猫じゃらし」と言うそうです。猫がじゃれつくのでしょうね。子供のころ、私たちもまた、この草で、色んな手あそびをしたことを思い出します。猫にも子どもにも注がれる造物主の優しさを感じますね。

August 2024
「ルナリア (銀扇草)」

「さやの部分の茶色い膜を剥がすとタネが取れ、銀色の膜が現れるよ。綺麗だから。」といただいた。今週、私を神さまに出会わせてくださった、大切な恩師が召された。黙々と手作業をしながら、天に思いを馳せる。現れ出た透き通った膜のきらめきは「まもなくかなたの(新聖歌475番)」綺麗な川の流れのようだった。
「夏の定番」

教会の庭に咲く花を玄関先に飾る。この花は昨年も夏の間、私たちの目を楽しませてくれた。「今日もお暑いですね。礼拝堂は涼しくなっていますよ。お上りください。」受付の係の方の言葉に頷くように、この花たちも迎えてくれる。
「風見鶏」

公園のあずまやの屋根、風見鶏かと思ったら本物の鳥、ハトでした。一般的な風見鶏は鶏です。諸説があるようですが、その一つが、三度主イエスを知らないといったペテロの教訓を忘れないため、だそうです。鶏は朝早くから目を覚ませと鳴いて、私たちに「いつも目を覚ましていなさい」を思い起こさせてくれますね。
「夕焼け」

久しぶりに、東の空から、南、そして西へと空一面に広がる夕焼けを見ました。「夕べ雲焼くる空を見れば 主の来り給う日のしのばる・・・・」(新聖歌148番)
「Grow up~夏の恵み」

この夏、教区の青年たちは大忙し。「今週2つのキャンプがある」「この夏6つのキャンプに行く」と、台湾にも行った。そこで得た恵みを嬉しそうに熱く語る姿に、こちらが元気をもらう。この一年でみんな変わったねぇ〜。
「ポ?パ?ア?ヤ?」

部屋の中で、そっと花を咲かせた可憐な花。スポティフィラム・・って思ってたら(去年のブログにもそう書いちゃった)、スパティフィラムが正しいらしい。ダビデと戦った大男がゴリアテだったのが、聖書の新しい訳本ではゴリヤテになっていたし・・。一度記憶した言葉のアップデートは、なかなか難しい。
「嬉しかった日」

久しぶりの子ども集会を終えたのち、外に出たらお隣さんから「ゴーヤいらない?」と声をかけてもらった。奉仕をしてくれた皆んなが、嬉しそうに採れたてゴーヤをいただいて帰った。楽しかった時間、そしてお土産付き!なんというタイミング!感謝だなぁ〜。
「笑顔のカレー」

今年の小学生キャンプでは、中高生のプチスタッフたちが大活躍。キャンパーたちのために、可愛いお顔を作ってくれた。鶏肉の入っていないチキンちゃんカレー?こんなちょっとした優しさが、嬉しかった思い出としてずっと残っていくんだろうなぁ。
「これも向日葵」

いつもの背高ノッポの向日葵にくわえて、今年はこんな向日葵も花壇に植えてくださった。色々な品種、違った色。でも、同じ向日葵であることに違いはない。そこに優劣はないのだ。みんなを笑顔にしてくれる、教会の庭の向日葵たち。 
  「もう秋の空?」

夕方の空。見上げるとまるで「秋の空」のような雲がありました。当分猛烈な残暑の日々との天気予報ですが、着実に季節は動いているのですね。もう秋はすぐそこまで来ているのです。創造主の御手を覚えたことでした。

July 2024
「出番待ちジュース」

キャンプの続く夏。「子どもたちに、どうぞ」と、ジュースが届く。多くの人々の愛と祈りに支えられていることを思う。さぁ!子どもたち、自由に楽しく、この夏も神さまの愛を受けとって弾けよう!
「主の十字架は輝けり」

シルエットに浮かび上がる教会と十字架です。「遠き国や海の果て 何処に住む民も見よ 慰めもて変わらざる 主の十字架は輝けり」(聖歌397番)十字架を見上げつつ「わたしは神であって、ほかに神はないからだ。」(イザヤ書45章 22節)の御言葉をこの地で心に刻む。
「背中で語る」

今年の向日葵はなぜか、お隣に顔を向けていて・・。でも私たちに見せてくれるその後ろ姿は、光り輝き凛としています。太陽の光をいっぱい受けて。「自分が輝くのではなく『まことの光』に照らされて歩むという聖書の教えを実践しているかのようだね」と言われ・・そうかなぁと。
「カマキリJr.」

今年も教会の玄関脇に現れたカマキリ君。代々この教会の庭で育っているようです。今年、教会は創立40周年。君はいったい何代目なんだろうね。これからも一緒に大きくなって行こうね。
「夏野菜」

採れたてのミニトマトをいただいた。その野菜の甘さに元気復活。暑い夏、乗り切る食べ物を、神さまはたくさん用意してくださっている。
  「夏のチカラ」

冬の間、ぜんぜん成長しなかった芽が動き始めました。小さいけれど新しい葉を生み始めています。気温の暖かさのチカラでしょうか。
「薄紅色の君」

教会のプランターで育った百合の花です。こんな綺麗な色の百合を見るのは眼福です。礼拝堂に飾って皆さんにも見ていただきました。「ベビーピンク?」「薄桜色の百合?」いろんな名前で呼ばれる君。恥ずかしげに、うっすらと頬を染めている。 
「見た目」

ゴーヤで作る「緑のカーテン」をよく見かける季節になりました。見ただけで涼しさを感じます。見た目のマジックです。でも「人はうわべを見るが、主は心を見る。」(聖書)お方です。あなたのことも、神さまは見た目ではなく理解してくださいます。暑い日々が守られますように。
「久しぶりの」

対面で集うことが増えてきた。やっぱりみんなで集まるのは楽しい。天の川ならぬ猪名川を渡って豊中へ。そこには懐かしい沢山の笑顔が。行けない人の為には、習得したオンラインを駆使して各教会がサテライト会場に。心と思いが繋がった4教会。そういえば「satellite」って人工衛星だと気づく7月7日。
「設計図」

先月、水滴が綺麗だと思って写した写真。よく見ると、枝に小さな細い棘が無数にあることに気がつきました。種子を守る為に、神さまが野菜たちに与えた知恵でしょうか。自然界の設計図は完璧だとあらためて知る一枚になりました。

June 2024
「半夏生」

葉っぱの先から真っ白になっていき、梅雨の時期に爽やかさを届けてくれる草花です。一方で、今年の7月1日は暦の上での半夏生です。古来、季節の節目節目に名前をつけ、それにあわせて健康や生活全般を管理してきました。神さまが備えていて下さる「自然からのサイン」を大切にしたいですね。
「『夏』への準備」

梅雨の雨も、夏野菜の成長も、来るべき夏への備えです。今年の夏は、久しぶりの、キャンプ、お泊り会、海外での世界大会などが計画されています。私たちも、今から暑い夏に備えていきたいものです。
「日よけ」

すだれがかけられたメダカの水槽。水温が5~8度くらい低くなり、メダカが守られるそうです。 まさに、「主はあなたを守る方。主はあなたの右手をおおう陰。昼も日があなたを打つことはなく夜も月があなたを打つことはない。」(詩篇)
 「いいお顔」

お隣の畑で採れたジャガイモと玉葱をいただいた。う〜ん、いいお顔。美味しくいただきました。
「仰ぎ見る(우러러보다?)」

「讃美歌にある『あおげ、あおげ』ってどういう意味?」と韓国人の友人から聞かれた。確かに難しい日本語だ。神さまを信頼してゆだねていくこと・・をどう伝えよう。私の言葉の足りなさの中に、神さまどうか働いてください。そう祈りながら空を見上げた日。
「ラベンダースティック」

「こういうのが作れるのよ。やってみる?」そう言って、いただいたラベンダー。茎が柔らかなうちに、そっと折り曲げてリボンで編み込み。思っていた以上に難しくて、悪戦苦闘。でも、4本も出来ました。早速に入院中の方へプレゼント。「あら、可愛い!」その方の心が浮き立つのが伝わってきた。魔法のスティック。
  「もだして、ただ待つ」

心がトゲトゲしているのが分かる、如何しようもない時。川縁の花がじっと私を見つめてくれた。ただ、じっと静かに優しく、いつまでも。責めることもなく。それが今の私には、とてもありがたかった。
「紫陽花の季節」

いたるところで紫陽花が綺麗に咲き始めた。「うちの庭の紫陽花、よかったら使ってね」そう言って教会に持って来てくださる。色も形もさまざまで、枝ぶりも色々。でもその一つ一つが可憐で愛おしい。
「道しるべ」

教会への道筋、枝垂れ桜の横に古い道標がある。「左 ざい・・」とあり資料によると「左 在所(ざいしょ)道」だそうだ。野っ原を行く旅人に、暖かい人里があると教えていたのだろう。そう、今も、ここを左に行けば温かい教会があるよ!
「育つ若葉」

玄関先の植木鉢に新芽が出て、こんなに大きく成長しました。みんなに負けないくらい大きくなっても、初々しい緑色なのですぐに分かる。眩しくなるようなツヤツヤした葉っぱを、古株達がしっかりと支えている。
「スモークツリー」

駅の前の街路樹にスモークツリー。名前の通りに煙のような花が、なんとも不思議で見入ってしまう。被造物のデザインの多様性にはいつも驚かされる。神様って素晴らしいデザイナーだ。
  「今年も」

教会の駐車場にクローバーの花が。その側の川縁にはイエローの花が。今年も咲いた。咲いてくれた。「今年も」は当たり前のようでいて、本当はとても感謝なことなのだと気が付く。信仰の友と今年も受洗記念日にメールのやり取り。「48年経ったね」「神様の愛は変わらないね」そう言い合える喜び。
「言葉が沁みる」

プレゼントをいただくのは嬉しい。添えられているカードの言葉が心にしみて、何度でも読み返してしまう。聖書は神様から私へのメッセージカード。時には厳しく、いつもは慈愛に満ちて。読むたびに心にしみる。「あぁ私、愛されてるなぁ〜」と。
「風に立つライオン」

友人が地球の裏側の南アフリカ、サファリで自分で撮ったという写真を送ってきてくれた。圧倒される大自然の美しさから目が離せない。場所は違っても、共に神さまを見上げ、それぞれの場所で与えられた、その使命に生きることの出来る恵みを噛み締めながら。
「教会のご飯」

教会の誕生日、ペンテコステから愛餐を再開しました。皆んなで食べるとやっぱり楽しい。今日は、上品な甘味の混ぜご飯。とっても美味しかったです。
「いっせいに!?」

朝起きてビックリ。玄関先に飾っていた芍薬が落花していました。いっせいに崩れ散った花びらのふんわりさと、綺麗な色を愛でたくて、掃除は明日に延期です。
「大雨の後」

教区の女性会で、京都散策に行く予定を立てていた日の大雨。電車の運休や様々な事情で延期になりました。とても残念。教会横の小川も少し下流ではこの流れに・・。
「年度聖句」

もう6月です。今年の前半戦の最後の月。新年に神様から与えられた御言葉を読みながら、この半年を振り返る。4月から教会に与えられた「年度聖句」もある。こちらは最初の四半期決算!?の月。節目、節目で御言葉が与えられるのは感謝だ。初心に戻って頑張って行こう!

May 2024
「幸福な王子」

見事に咲いた大輪のパンジー!花弁に空いた穴はバッタの食害。いや、バッタのために喜んで提供されたのだ。ふと「幸福な王子」の話を思い浮かべる。主イエス様も、私たちにご自身を与え、究極の愛を示してくださった。美しい花を眺めながら、その御愛に心から感謝する。
「忘れない」

宝塚市逆瀬川にある阪神淡路大震災の記念モニュメントの背面には、犠牲となられた方々のお名前が刻印されています。その中に、二人の私たちの神の家族(姉妹)の名前があります。私たちも決して忘れないよ。天国で再会するまでは!
「愛に満ちた花」

タンポポという呼び方も、ダンディライオンという呼び方もどちらも好き。しっかりと大地に根を張って、置かれた場所で楽しそうに咲く花。それがどんな場所であっても。「(愛は)そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない。」(聖書)
「何に見える?」

この雲、何に見える?「god」と読めない?顔にも見えない?今日の空はエンターテイナー。
「甘さが弾ける」

またまたお隣さんから、採れたてのスナップエンドウをいただいた。チューリップに種が出来るのを教えてもらい、そのミニ知識を夕食時に披露しながら茹でたての実をパクリ。パリッと水分が弾け出る。初夏の味。ご馳走様でした。
「礼拝前の楽しいクイズ」

講壇の花を、ご自分達の庭で咲いた花で飾ってくださる姉妹達。「今日の花は、菖蒲?アヤメ?」この鮮やかなブルーは「ジャーマンアイリス」でした。で、翌週は「牡丹?芍薬?」「うちの庭の芍薬よ」そんなやり取りの中にも、優しさとキリストの香りが匂い出る。 
「山は緑」

新聖歌478番をこの季節には賛美したくなる。山は緑、谷も野原も。そんな気持ちの良い5月がやってきた。
「うまい菜」

お隣さんから、採れたてのリーフレタスとうまい菜をいただいた。私は初めてのうまい菜。ニンニク醤油で炒めて食べました、美味しい!「うまい菜」っていい名前つけてもらったねぇ〜。名前にはつける人の思いが込められている。
「教会の鈴蘭2024」

他の教会のブログに「教会の鈴蘭が満開です」とあるのに、一つも芽を出さないうちの鈴蘭・・。ダメになっちゃったのかなと思っていたら、突然スクスクと芽を出し花を咲かせてくれました。今年は7本の花をみんなで楽しんでいます。
「教会の庭」

今年のチューリップは色とりどり。他の花も負けじと咲き誇る。それぞれの個性が礼拝に来た方々の心を喜ばせている。生き生きとしてカラフルな庭を眺めて、思わず微笑む。
「母子草」

葉や茎がやわらかな毛に包まれて、まるで母が子をやさしく抱くように見えるため、この名がつけられた(諸説あるそうですが)とのことです。誰も見向きもしない道端でひっそりと咲いていました。きっと母の愛も、気づかないところで静かにやさしく注がれているのですね。
「オンラインで一斉に礼拝」

次の日曜日は、毎年もたれる教区聖会として、教区合同礼拝となります。インターネットを用いた双方向のいろんな会議が普及していますが、教会でも特にコロナ対策として導入され、コロナ後も活用されています。そして、若者たちの活躍の場になっています。
「シンデレラの靴」

教会の玄関に14cmの靴が片方だけ落ちていた。抱っこされた時に脱げちゃったのかな。可愛い落し物に心がほっこり。「この靴、誰のですかぁ」素敵なお姫様が見つかりそう。

April 2024
  「なんちゃって賀茂川」

教会の近くを流れる小川。ほんの一部分を写すと、ほら何となく風情ある京都の賀茂川みたいに・・見えなくもない。桜の木も一本だけなんだけどね。毎回立ち止まって、この景色をしばし楽しむ。
「ミモザのリース」

お隣さんからいただいたミモザを何週も飾った後、ドライフラワーにしてみようと思い立つ。リースにしてみたけど、どうかな?
「サクラ咲く国」

今年は4月に入ってからの満開で、色々な所で桜を楽しめた。これがどこの桜だか分からないんだけど・・。でも、「サクラ、サクラ♫」(←今年は、口ずさむ時、OSK日本歌劇団のテーマ曲のメロディーでお願いします。)神さま、素敵な春をありがとう。 
  「スミレの花咲く頃」

OSKを出したら、やはりこちらも出さないと。あたたかな陽をいっぱい浴びて、宝塚の地ではいたる所で菫の花が咲き始めています。小さいけれど可憐さも艶やかさも桜に負けない!と自負する、宝塚魂。だって、私たち「宝塚」泉教会なんだもの。
  「主に抱(いだ)かれて」

じつは、カラーの花本体は黄色い部分なのです。周りの白い部分は苞(ほう)といわれる葉が変形したものです。花は大きな苞に優しく抱かれるように守られているのです。守られているだけではなく、大きく包み込んでくださる方の姿が美しい。なにか、神さまと私たちの関係のようですね。 
「紅葉のじゅうたん」

公園で、4月なのに紅葉のじゅうたんを見つけました。クスノキの落ち葉だそうです。常緑樹のクスノキの葉は冬でも光合成し、だから常緑樹なのですが、新しい葉が出来ると紅葉して落葉するとのことです。世代交代、次世代育成はキリスト教界でも大きな課題です。
「シャクナゲ」

教会の横の目につきにくい場所で、ひっそりと開花していたシャクナゲ。お隣さんから「綺麗に咲いているわよ」と教えてもらって気がついた。「今までになく大ぶりで気品高いね」と褒めてもらって。自分をちゃんと見てくれている人がいるのは嬉しいね。 
 「霰(あられ)降る」

雲行きが突然かわって、小さな霰が降った。ほんの一瞬の出来事。そのあとは青空の見える晴れ間。一体なんなの?と豹変する空模様にびっくりする私の横で「いろんなことがあるよね」と平常心を崩さない教会の庭の花々。強いなぁ〜。
 「水のしずく」

昨晩の雨が上がった早朝の道端。葉の先に光る水滴はとても綺麗で、止まない雨はないことを、雨の後にしか見ることの出来ない光景があることを、わたしに教えてくれる。
 「育てるために」

玄関先で頑張って咲き続けてくれたシンビジュウムの花が、一つずつ落ちるようになった。どうしたらいいのかオロオロ。お隣の師匠に聞いたら「ランの花茎は根本から切ってください、残しておくと樹勢が衰えます。」そっか、思いきっても成長のためには大切なんだぁ。
 「ここにも春!」

舗装された道路の僅かな隙間に、遅れてはならじとタンポポが春を謳歌しています。少しの隙間と思えるような、どんな僅かなところにも、春の力が行き届いていることに感動です。そう、自然を支配される神の力は、どんな僅かな小さな隙間にも行き届いてくださるのです。
 「常緑樹の落葉」

常緑樹はこの季節に落葉します。ですが新しい葉と入れ替わるように古い葉が落ちるので、緑の葉が絶えることはないのです。新しくされることは必要です。そしてその新しい力は日々主から。「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない。(聖書)」
   「名にし負(お)う」

日が長くなった夕暮れ時。教会の近くまで来たら「あら?ここだけ雪が降ったの?」と見まごう、雪柳の花々。しばし帰宅の歩みを止めて、綿雪のような白き花々の前に佇む。静寂の中、やわらかな白の世界に身を委ねて。
  「三つ編み水仙」

今年も、水仙の葉を三つ編みにしました。たくさんの花を咲かせてくれてありがとう、来年もよろしくね。と編み続けること一時間。さすがに腰が・・。でも、どう?ちょっとしたオブジェでしょ。
 

March 2024
「うさぎが運ぶのは」

今年も友人が、イースターのカードとエッグチョコ入りの可愛いウサギを作って送ってくれました。嬉しい〜。たくさんの愛をありがとう。イースターの日に教会員の皆さんに配りますね。みんなの喜ぶ顔が目に浮かぶ!
「螺旋階段」

教会墓地の近くの展望台に上りました。螺旋階段です。同じような景色を見ながらですが確実に上っています。同じようでも、違う景色。信仰生活もそうです。「ひとあし、ひとあし主にすがりて 絶えず絶えず我はすすまん」と上っていきましょう。
「Snow man 2024」

今年は雪が降らないなぁ・・と思っていたら、夜の間に降ったみたい。薄らと積もった雪は、すぐに溶けてしまいそう。慌てて、今年の雪だるま作り。これから用事で出かけなきゃいけないのに。何をやっているんだ私。でも楽しい。
「雪うさぎ」

雪だるまを作った時に、うさぎも作ってみた。少ない雪で、固めるとカチンカチンになっちゃうから、目をつけるのに一苦労。南天がすぐに落ちちゃう。はい、じっとそのまま、そのまま、となだめすかしてハイチーズ。
「時にあらず?」

今頃になって雪が降ったりと、季節外れの寒さです。春色のマーガレットが咲きましたが、どうも乱れています。「早春賦」の谷の鶯のように、名のみの春に戸惑っているようです。
「ミモザの花」

お隣さんから庭のミモザを山ほどいただいた。なんて贅沢なんだろう。さっそく講壇用にいけてみた。今週は受難週「私が神の子とされた 罪人の私が 無限の愛の大きさにただ感謝をしよう こんな私のためにさえ命まであたえた 十字架の愛の大きさにただ感謝をしよう」昨日、青年達と賛美した曲が頭から離れない。
  「名前の由来」

名前の通り、とてもいいにおいがする「ニオイスミレ」。「金のなる木」の名の由来はどういうことでしょうか。夢がある名?人間臭い願望?名付けた人の心中を想像するだけで楽しいものです。「金のなる木」花はこんなに綺麗です。  
「大気が不安定」

今年は暖冬、桜も早いと言われていましたが、3月になって急に冷たい風、急な雨と、冬に逆戻りしたようです。雲の様子が少し変?「大気が不安定」と言う言葉がぴったりのような空でした。こうした不思議もすべて御手の中、春遠からず!
「独り占め」

会堂に飾った枝桜の蕾が、気がつかない間に開花していました。礼拝の時には、まだ蕾だったのに・・。贅沢に、静かな会堂で一人神さまと語らう。光の中、満ちてくる賛美と喜び。教会堂守りの特権だなぁ。
「ボケの応援」

駅から教会に向かうちょうど真ん中あたり。石塀の向こうから顔を出す、まっかなボケの花(たぶん)。ここが「帰って来たぁ〜」とホッとしつつ、「後ちょっと歩くのかぁ」と思う分岐点。これから地味な上り坂がずっと続く。鮮やかな赤が、「負けるな」とわたしの背中を押してくれる。
「心から願う」

水仙レスキューで、救われる子たちが日々どんどん増えていく。あぁ、教会でもそうありたいなぁ。使徒行伝の時のように。
「有言実行」

3月になったので、先月言った通りに、今までお正月モードだった一角を、イースター用に模様替えしました。スッキリ春らしくなったかな。

February 2024
「空は何色?」

曇天の日も、雨の日もあるのに・・。空は何色?と聞かれたら即座に「青」と答えてしまうのはなぜだろう。きっとこんな青空に、心が感動して、その思いを大切に抱き続けるからかもしれない。イエスさまに出会った感動と同じだ。
「ジャストフィット」

毎週日曜日に用意している、お盆のお茶セットが、どこに行ったのか見つからない。色々探し回ったんだけど・・不思議だなぁ、消えちゃった。と思っていたら。こんな所に!教会員の方が片付けてくださったみたいで。気がつかなかったわぁ。この場所、ジャストフィットね。
「水仙レスキュー」

満開になってきた教会駐車場の水仙。でもこの雨で、水滴を含んだ花の部分が重くなるようで・・頭を地面に擦りつけるように折れてしまう。泥水に浸かったままでは可哀想と、途中で茎折れした花を摘んでくるのが日課に。頭を垂れる花たちを救い出すお役目は、いい香りに包まれて役得たっぷり。
「旧正月?」

1月に飾った南天が未だ元気。2月に入ったんだから、他の花に生け替えようかと思いつつ。その頑張りをもうちょっと見ていたくなって、そのままに。なので、この一角だけがお正月モード。それを黙認してくれている教会員たち。3月になったら替えます!
「荒野に道を設け・・」

「見よ、わたしはあたらしいことをなす。」神様の宣告です。教会の近くを通る国道176号線、渋滞緩和のため進められる四車線化、片側が山、片側が川で、どうして車線を増やすのかと思っていましたら、なんとトンネルが開通しました。予想外の新しい道の出現に感嘆しながらも神の不思議に思いをめぐらしました。
「フキノトウ」

「すべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。(聖書)」ちょうど暖かい日差しがふりそそぎ、やさしい風が吹いている庭先で、フキノトウがひっそりと顔を出していました。小さな自然の営みの中にも働く偉大な神さまの御手のわざでした。
「水仙の季節 〜Part.2」

大阪では色々なお庭で水仙が咲き始めた。帰って見ると、教会の駐車場の水仙たちはまだ蕾。「避暑地」と呼ばれる立地のせいかなぁ。まぁ、のんびり咲くのを待ちますね。慌てなくていいよ〜。
「賛美フラ」

昨年の2月のクラスの時には、雪が降って雪だるまを作っていたっけなぁ、と思い出す。今の課題曲は「Still~静まって知れ」キリストの中に憩い、信頼と主の力を知ることのできる幸いを噛み締めて踊る。どのような事が起こっても、静まりの中で神を知る事ができるのだと、感謝を持って。
  「菜の花 is my favorite.」

食用菜花を今年も窓辺に。ストーブの暖かさで、花が咲き始めました。食べるのを我慢して花を咲かせて愛でるのが、この季節の私の楽しみ。う〜ん、いつまでも眺めていられるよね、この花の可憐さ。
「山茶花咲く曲がり角」

白い山茶花が咲く垣根。童謡の「たきび」を思い出す。この作詞者は巽聖歌氏。そう、クリスチャンの方です。北風ぴぃぷぅ吹いている、帰り道。垣根の曲がり角を曲がりながらフッと思い出し、心が温かくなった夕暮れ時。私も神さまと、どうしようかとお話ししながら。
「学んでいます」

毎週水曜日の祈祷会では、皆で近況報告をしたあと、祈りの前に聖書を学びます。その日の聖書箇所を皆で考え、感じたこと、教えられたことなどを話し合うのですが、これが楽しい。色々な訳の微妙な違いを知る事で新しい発見も!中には英語の聖書を持ってくる人もいて、学びを深めています。
「水仙の季節」

お隣から香り良い水仙をいただいた。玄関に飾ると教会の皆さんが声をかけてくださる。「この真ん中に黄色いのがあるのはニホン水仙。教会の庭のは八重咲き水仙なんですよ。」と、昨日教えてもらったばかりの知識を、偉そうに解説する私。水仙の花がそれを見てクスクス笑っているように見えるのは・・気のせいだね。

January 2024
   「花が集まる」

年を越しても満開のオンシジュウム。教会の玄関で元気に皆さんをお迎え。目に飛び込んでくる花たちの集まって、楽しそうにしている姿に心が浮き立ちます。別の部屋ではシンビジュウムが。今年も、宝塚泉教会は花一杯で、皆さんをお迎えしたいと思います。(←希望)
 
   「記念誌」

同じ教団に属する教会から、創立120年の記念誌が送られてきました。なんと1902年(明治35年)の創立になります。篤い信仰の継承と、その背後にあった苦難や戦いが行間から溢れています。ハレルヤ!
   「プリズム」

教会の壁に鮮やかな虹色の光が出現!えぇ〜これ何??と驚いて、よ〜く見ると窓際に置いてあった置き時計の、ガラスの部分を通して光がこの不思議を生み出したみたい。虹の証印が押されたみたいで、ちょっと嬉しかった日。
 「親分発見!」

出先で見つけた、石造りのトトロ。大きぃ〜!何だか、嬉しくなってご挨拶。うちの教会のどんぐりトトロ達に報告しなきゃ。
 「蝋梅」

駅に行く道沿いに蝋梅の花が咲き始めた。良い香りについ足を止める。繊細な花びらの美しさも、不思議な実の形も興味深い。しげしげと眺めつつ、良い香りは人を惹きつけるのだと再確認。教会も良い香りを放ち続けたいと願う。
「南天」

教会の裏庭の南天が、今年はたくさん実をつけた。でも裏庭だから・・あまり人には見てもらえなくて。せっかくなので真っ赤な実を講壇の花にすることにした。飾る前に入り口でワンポーズ。
 「目立たない君へ」

地味なんだけど、なんだかとても気に入っているリース。「赤を足したら?」とみんなに言われるんだけど・・このままが好き。頑固すぎるかな?片意地はってるのかな?でも、今のままの君が好き。
「協う」

新しい年の初めに、この地は揺り動かされた。驚きと嘆きが満ちる。すぐに祈りが捧げられ、被災された方々を思い、物資が集められ始めた。「不安で、お寒いでしょうに」と思いやる心も共に。十字架のもとにそれぞれの愛と力が集まる。
 「慈しみ深き」

一人のご婦人が天の御国に帰って行かれた。ご家族の愛と介護の中で静かに穏やかに。その前日に「慈しみ深き友なるイエスは」を賛美した時に、嬉しそうに頷いて「アーメン」と口を動かされ、一筋の涙をこぼされた姿が忘れられない。
   「十二個」

スーパーで卵を買ったら、なんと12個入りパックでした。こんなことは初めてです。12弟子、12部族、・・全部は言えなかったけれども、聖書の中で12という数はよく出てくる。なにかうれしかった。
「梅花」

「冬来たりなば春遠からじ」。近くの公園では、梅花が咲き始めていた。もう春だ、と心の中が暖かくなったような気がした。

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