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教会の日々Events

教会の日々(Blog)

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December 2023
「クリスマスイブ」

一人で散歩に出かけた夕暮れ時。街の喧騒を通り過ぎ、川べりで静かに灯る街の光を見ながら、「きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。」のみ言葉を思う。そう、私たちみんなのためにだ。
「piece by piece」

去年のクリスマスよりも、少しだけ祝会も時間を長く、賛美も多くすることが出来た。みんなの笑顔をそれだけ多く見ることが出来た。そんなたくさんの感謝が詰まった2023年のクリスマス。今年の思い出に。
「今年の感謝を主に」

教会の玄関先にいただいた鬼柚子を飾っていたら・・「これ、それに負けない大きさでしょ?」とレモンが。「庭でとれたから、枝付きよ」と蜜柑が。クリスマスが終わった途端に「収穫感謝祭(Thanksgiving Day)」のようになった宝塚泉教会。
「頑張り賞」

お隣さんから分けていただいた、リーフレタスの苗。種から育てたという、小さな小さな苗が、やっとこれだけ大きくなった。「君はゆっくりペースの育ち方の子だったんだね。でもこの寒さの中、よく頑張りました!花丸」(・・神さまはこの年の最後に、みんなにそう言ってくださると思う。)
「New!」

新しいって、気持ちがいい。クリスマスを前に、講壇の花台の敷物が新しくされた。真っ白な布に十字架が。いいね。クリスマスを心から祝い、新しい年を迎えようとする皆んなの心も、清々しさでいっぱいになる。
 「枯葉舞う」

前の山から、枯葉が一斉に舞い落ちてきた。ハラハラと、くるくると自由に晩秋の空気を楽しみながら。嵐というには穏やかな、ひと時の舞台発表会。素敵なものを見せてもらったお礼に、道に落ちた枯葉は明日、ちゃんとお掃除するね。だから今日は、この枯葉の絨毯をカサカサと踏んで楽しませてね。
「あら、えらい!」

翌日、枯葉を掃除に外に出たら、階段下にこの子たちが自分たちで集まっていた。風に協力してもらって、一晩のおしゃべり会を持ったのかな。ちょっとだけお掃除が楽に。
「満目黄葉(まんもくこうよう)」

この言葉を使いたくて、景色をいろいろ探していた。山一面の黄葉は見つからなかったけど、座った公園のベンチから空を見上げると、ほら、この景色。うん、充分綺麗だ。神さま、気付かせてくれてありがとう。
「待ち望む」

「この世に救い主がお生まれになった!」その喜びが起こった日を「待ち望む」のがアドベント(待降節)です。クリスマスの日にプレゼントが届くかなぁ?届くかなぁ?と待ち望む子供達が一番、そのワクワクする喜びを知っているのかもしれません。
「鬼柚子」

「ちょっと珍しいでしょ」と、お隣さんから鬼柚子をいただいた。南瓜?と思うほどの大きさにびっくり。一本の木にたわわに実るそうで、つい、この実たちを育てた親木の大変さを思う。でも、親としては嬉しいのかな。「よく、ここまで大きくなったね」教会の玄関先でも、その瑞々しい姿を見てもらおうね。
 「あるがままに輝いて」

青空を見上げたら、木の葉が目に入った。きれい!人には描けない美しさだ。「明日炉に投げ入れられる」どころか、今にも風に吹かれて飛びそうな木の葉を、神さまはこんなにも装ってくださっているのだ。あるがままに輝かしていてくださるのだ!
「ベツレヘムの星」

クリスマスフラワーとも呼ばれるポインセチア。葉のように見える赤い部分が苞(ほう)で、まるで小人が集まって踊っているように見える黄色い部分が花。この花や苞の形が「ベツレヘムの星」を連想させるとも。真っ赤なポインセチアを前に、イエスさまに思いを馳せる。
「ナイトミュージアム」

木枯らしの吹く日、夜遅く帰ってきたら、教会の駐車場のフェンスが枯れ葉たちのギャラリーに。思わず足を止める。神さまは時々、こういう、ご褒美をくださるなぁ。
「錦(にしき)織りなす」

教会に向かう道沿いの紅葉。少しずつ違う色が集まって、美しい景色を作り出している。少しずつ違うから良いんだと気がつく。「教会とは」という昨日の礼拝メッセージを思い出しながら、足取り軽く。
「届いた夢の味」

「お元気ですか?忘れてないですよ。」そう言って届いた、前任地からの手作りジャム。覚えていてもらえる。それが、こんなにも嬉しい。「『紅の夢』という品種です。味は林檎だけどね。」書かれた文字を通して、いつも祈り合い笑い合っていた仲間たちの顔が浮かぶ。
「これ、何〜んだ?」

葉付き大根を目にすると、思わず買ってしまう。大好きなんです大根の葉。今日は、お雑魚と炒めて3日分の副菜に。葉を切った後の部分が、こんなにも綺麗。スタンプにしたらバラの花じゃない?
「庭紅葉」

教会は山に囲まれています。黄葉・紅葉に囲まれています!
 
「クリスマスツリー」

今週からアドベント(降誕節)に入りました。友人たちから「うちの教会のツリーです。」と写真が送られてくる。でも、やっぱり「うちのが一番!」とそれぞれに思っている。大好きな自分の教会で、大好きな仲間たちと飾り付けたんだものね。御子イエスさまの誕生をお祝いするために。
「ポインセチア」

大切に育てているポインセチアが見事に色づいてきました。一日が短くなると赤くなる性質があるとのことです。冬の到来を喜び祝っているようです。そう、もうすぐクリスマス。

November 2023
「小さい秋」

葉陰に隠れるような、小さな赤い実、見〜つけた。教会案内のトラクト配布中に、私の見つけた小さい秋。「見〜つけた!」と言える喜び。
「継続は力なり」

野の花を小さく飾ることに憧れて、真似はするんだけど・・。これがなかなか難しい。でも、続けていけば上達するかなぁ。棚の飾りの写真も、去年より上手くなってない?アレ?そうでもない?
「色鮮やかな」

いただき物の手作りジャムたち。林檎にガーデンハックルベリーにイチジク。「わぁ〜こんな色になるんだぁ」と、自然の恵みを目でも堪能。朝ごはんが楽しみに。
「グラデーション」

教会に来る途中の道すがら、思わず目に留まる天然のグラデーション! 秋から冬へと移り行くさまが見事に描かれているようです。誰も気づかない所で、神さまは野の花たちを、こんなにも美しく装ってくださっているのです!
「秋のカマキリ」

教会の庭の木を剪定をしていたら・・あらあら、こんな所に。久しぶりのカマキリ君。冬に向かって動きもゆっくりになっての日向ぼっこ。夏場、いっぱい頑張ったもんね。教会の看板をひとときの憩いの場に提供。どうぞ、ごゆっくり。
  「宝石箱やぁ〜」

「庭で採れた烏瓜です。よかったら。」と箱一杯の実をいただいた。あぁ〜本当に嬉しい!ずっと眺めていたい愛らしさ。この子たちを使って、今年のクリスマスリースを作ろうと、お隣さん達と相談中。
「夕暮れ時」

これは私。でも、疲れ切った表情も、抱えている大きな荷物の重さも、他の人には分からない。ただ一人、私の「心の中の秘密をも知っておられる」神だけは、どんな時も恵み深く、苦難の日の砦でいてくださる。「あぁ、こんなに足が長ければなぁ」と、思わずつぶやくような私の為にも。
「主は、わが城」

「皆様の愛のお祈り有難うございます。オペ中は イエス様に抱っこされて臨みますので大丈夫です。」そう言った彼女から、手術後に送られてきた写真。「夕方廊下の窓越しに見える大阪城です。感謝。」と一言。命を守られた喜びの思いが、教会員みんなの心にも照り輝く。
 「約束の虹」

教会案内のトラクトを配ろうと外に出たら、この虹。虹の下のこの町が、そう、私たちに与えられた約束の地。
「ピンクの綿菓子」

地平線に太陽が沈む、ほんの少しの時間の素敵なプレゼント。茜色より薄く優しい色に、思わず見惚れる。まるで神さまの眼差しのように、私をも包み込む。神さまは、この地上を愛しておられるのだなぁ。
「素敵なデザイン」

波で出来たきれいな模様の砂浜の写真をいただいた。こんなにも美しい模様が生み出されるなんて。神様の造られた自然の働きは、私たちの気がつかないところでも規則正しく動いているのだなぁ。そのことに感動する。
「踊り子のお出迎え」

教会の玄関先、お隣さんご厚意のオンシジュームが満開に。よく見ると、黄色い花がお人形のように見えます。たくさんの踊り子たちが、玄関でみんなを出迎えてくれているようです。ようこそ宝塚泉キリスト教会へ。

October 2023
  「可憐な子」

「オンシジュウムの花が咲き始めたよ。持って行く?」お隣さんが声をかけてくださった。感謝の言葉しかない、この無料の蘭のレンタルサービス(←私の勝手な命名)に甘える。それがこの子。「くれぐれも水のやり過ぎには気を付けて」「ウッ!」お隣の師匠、よく覚えてるなぁ〜。はい、今年は大切に育てます!
「天にある故郷」

夏のふわふわの雲から、天高く澄み切った薄いシフォンのような雲になってきた。空を見上げて幼子がお父さんに「天国の人たちどこに行っちゃったんだろう?」と尋ねていた。その子には、雲の布団の上から優しく手を振る祖父母が見えていた夏だったのかもしれない・・。今週は召天者記念礼拝をもつ。
「はっぴぃ」

今日は、同じ泉グループの教会の先生方と、打ち合わせと祈りの時。共に和し、笑い合い語り合う。なんという至福。「玄米ご飯嬉しい〜!感謝でっす!」とお弁当を前に盛り上がる。なんて、はっぴぃ。
「オリーブ」

オリーブの実が色づいてきました。出かけた先で頂いた、おいしい手作りケーキが乗っていたのが、オリーブがデザインされた紙ナプキンでした。聖書にはオリーブがたくさん登場します。オリーブをくわえたハトは平和の象徴。二粒のオリーブに触れながら、世界の平和と平安を心から祈る。
  「届けたい」

10月の教会の玄関の飾りです。お月見団子を持って走る兎の子。大好きな皆んなに分けてあげたくて、一生懸命。私たちも、神さまからの大きな愛を、あの人に、この人に届けたいと。福音を大切に掲げて、一所懸命。
「葉の秋」

玄関先に置かれた紫紺野牡丹の葉が、一枚、また一枚と紅葉していきます。みんなに見つめられるのは「ちょっと恥ずかしい」とばかりに、奥床しい照れ屋の一葉。「私みたい」と皆んなが口々に。そんな教会が大好き。
「秋の備え」

急に涼しくなったように思います。近くの公園に出かけてみると、草むらからは虫の音、いちょう並木も色づき初めていました。いつまで猛暑が続くのかとつぶやいている間に、自然はちゃんと秋の用意をしていたのですね!自然を支配される方にハレルヤ!
「愛を感じる」

訪問させてもらった教会の、礼拝の時の幼な子たちの席。分け隔てしない。でも守られていることを感じられる温かな空間。礼拝堂に入ってくる人がみんな、笑顔でひと声をかけていく。そこで育つ子供たちは何と幸せなことだろう。
「In His Time」

教会の庭に秋桜が咲いた。吹く風に合わせて、静かに可憐に揺れる花々を眺める。「秋になったんだなぁ」と感慨深い。神さま、あなたの時の中で私にも、これからすべき事を教えてください。そう静かに祈る。
「大富豪?のような」

教会の駐車場に「魚のルアーが落ちている」と思ったら。どっこい生きてる黄金虫。こんなブライトカラーの虫って初めて見たかも。神さまの色彩感覚に脱帽。
「むかご」

今年の夏は、庭のむかごのツルをぶちぶちと抜いちゃったから・・。と思っていたら、お隣さんから「今、庭で採ったんだけど、半分いる?」と。「いる〜〜!」と言って頂いたむかごを早速にご飯に。私の茶碗にむかごが多い?気のせいですよ〜。
「秋の味覚」

こちらもお隣から頂いた、秋茄子とピーマン。そして栗。連日、秋の味覚を堪能する。なんて贅沢。秋茄子はとろけるように柔らかく、栗は甘くホクホクでした。何の自慢だろうねぇ〜。ごめんね皆様。
「秋の風」

家人から「ヒメジオンの写真撮ったからブログに使って」と送られてきたのが、この写真。「曼珠沙華?」とLINEを返すと「ヒメジなんとかじゃなかったけ?」別名の彼岸花にしたって、「ヒ」しか合ってないしと思ったけど、賢く唇閉ざす秋。 

September 2023
「真夏の陳情者」

うーん、どうしたものか。出かけようとする教会の車の上にカマキリ君。「しきりに願うので」という言葉が思い浮かぶ、この風情。
「麦わら帽子の夏」

教会までの道端に日日草。華やかなのにどこかしら懐かしさを感じる。幼い日の教会学校の帰り道にも、そういえば咲いていたなぁ。「そう、しゅつ、レビ、みん、しんめいき♪」教えてもらった歌を一生懸命覚えた、懐かしい日々。
「耶蘇愛你(ィエスー アイ ニー)

台湾から、友人の牧師夫妻が来日。大変な中を互いに祈りつつ過ごしてきた、この数年を語り合う。そして気がつかされる。その間も私たちの上に注がれ続けたイエスの愛に。「イエスはあなたを愛しておられる」という真実。
「敬老の日に」

礼拝の中で、高齢者祝福の時をもった。毎回、敬老の日の挨拶に悩む。「おめでとう」?「長生きしてくださいね」?「いつもありがとうございます」?。どれも心からそう思うけど・・。今年のカードに「God Bless You!」これだ!!
「天然のうつしえ」

秋の雲が空を流れています。まるで絵本の一ページを開いて見ているかの様です。明治時代に日本の女流詩人が作詞された、唱歌「美しき天然」「・・・見よや人々たぐいなき この天然のうつしえを 筆もおよばず書きたまう 神の力の尊しや」(三節)を口ずさんでいました。
 
「JCE7」

長良川のほとりで第7回日本伝道会議。何かが変わり始める嬉しい予感。参加者たちの熱い思いが祈りとなって溢れる。神さまに遣わされた、それぞれの地で「おわり」から「はじめる」決意を胸に。
「主のしもべたち」

黙々と後片付けをする姿に感動を受ける。愛する神さまの為に、自分に与えられた賜物を用いていただけた事を喜びながら、多くの労を厭わない。そういう背後の奉仕者たちに支えられて、どのような集会も成り立っている。
「大好きだから」

今週の教会の庭への訪問者は、蝶。この花が好きみたいで、ずっとそばを飛び回っている。分かるよその気持ち。私も大好きなイエスさまのそばから離れたくないもん。
「9月の講壇の花」

「この花の色お好きなんですね。」「うん、空間が暖かくなる気がして、つい使っちゃうわね。」笑顔の会話が続く。講壇のお花を、みんながよく見ていてくれるのが分かる。「いつも素敵なお花をありがとうございます。」その優しい言葉も、その場の空気をフッと暖かくする。
「水面の揺らめき」

貯水池に一羽のクロサギ。何を思い、何を見つめているのだろう。その先にはきっと行くべき道がある。私にも・・。神様のご計画の光に向かって歩もう。そう静かに思う初秋の朝。
「花脈(カミャク)」

教会の庭に今年も芙蓉が見事に咲いた。葉脈と同じように、花にも「花脈」が通り、養分を届け、骨のように花弁を支えている事を知る。自然界の摂理。「きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。」(マタイ6:30) 
「ミケランジェロの雲」

ルネッサンス期の壁画のような雲。わぁ綺麗と見とれる帰り道。一日中色々あって、たくさん疲れた日だったけど・・これは神さまからのご褒美かなぁ。アダムに生命を吹き込こもうとする神さまの指が、そこに見える気がする。
「紫紺の彩り」

今年はちょっと遅咲きの紫紺野牡丹。はらり、はらりと散る姿もまた良し。紫という色のもつ鮮烈さに毎回目を奪われる。与えられた色を持って、教会の玄関を彩る。散った花びらもほら、このように。  
 

August 2023
  「お久しぶり」

朝の庭の水やりの時に、ひょっこり顔を出したカマキリ君。あら、そこに居たの?元気だった?「おはよう」とちょっと嬉しい、早朝の再会。
「我慢強い子」

お隣からお借りしている、スポティフィラムの鉢に花芽がついた!ゴーヤをもらった時に見ていただいたら「この子は、日陰が好きみたいよ」と。ここ1ヶ月玄関先の日がカンカン当たる所に置いてあったのに。ごめんね、う〜んと我慢しててくれたんだね。慌てて部屋の中に。
「台風の中でも」

近畿地方に台風が直撃。様々な予定が変更になり、あたふた。でも、その中で「あなたは私が歩くのも伏すのも見守り、私の道のすべてを知り抜いておられます。」(詩篇139篇)そう確信できるのは幸いだ。祈って下さった皆さん、本当にありがとうございました。
「KNOW JESUS」

四年に一度の、青年たちの大会が東京・代々木で持たれた。イエス様を知る人生の素晴らしさを、共に感動を持って聖書の御言葉から聞いた。近畿からも大勢の仲間が、特製の団扇を自分たちで作って参加。楽しかったね。涙を流し、共に祈り合える友人は一生の宝だ。 
「独り」

朝の祈りの散歩(プレーヤーウォーキング)の途中で出会った鳥。独り佇んで涼を感受している姿は絵になる。私も足を止めて、小川のせせらぎの音に耳を傾ける。「静かに清きみ声をもて」と賛美歌338番が心に浮かぶ。
「ブドウ糖」

クリームパンが届いた。その美味しい甘さが疲れている身体の節々に行き届いていく不思議な実感、あ、これがブドウ糖なんだ。礼拝メッセージで語られた「主はぶどうの木、その木に繋がっておれば・・」を思い起こす。私たちの魂のエネルギーは、樹液のように主から流れ込む。
 「トトロを探せ」

「誰が僕を見つけてくれるかなぁ」と言わんばかりのトトロ達。そうだ!毎週いる場所変えてみようか?これで教会が、また一つ楽しくなるんじゃない?ワクワク。  
「夏空」

どこまでも青い夏の空。白い雲をくっきりと際立たせる。暑さの中で、青色と白色の美しさを知る。綺麗だよね。ついボッ〜っと眺めてしまうのは、暑さのせいじゃない。神さまが造られたものへの感嘆だ。
「今週の訪問者」

先週のカマキリに次いで、今日はナナフシが同じ場所に。あれ?うちの教会、ムシ界隈で人気出てる?でも、ここは本当に暑いからね。と打ち水を少し。「木陰でお休みください」と張り紙しといてあげようかなぁ。
「ワンデーキャンプ」

久しぶりにもたれた小学生キャンプ。「神さまと いつもいっしょ 私たちみんな♫ うれしいね、楽しいね」の文字が来る人々を迎える。食事を共にしながら、みんなが「本当だ!」と心から思う。 
 
「ハツユキカズラ」

花?と見まがうハツユキカズラの新芽。お隣さんのお庭から頂いた。この自然美と共に「& LOVE 」。暑い中、今日の礼拝に来た方々の心が少しでも浮き立つように。み言葉の糧とグリーン、そして愛を備える。
「サイン(しるし)」

道端で可愛いものを見つけました。消火栓の蓋です。大切な装置がここにあるという「しるし」です。見落とす事のないようにしたいものです。聖書のお言葉にも、自然や身の回りの出来事の中にも、大切なことを指し示している「しるし」があるなぁ。
   「主の愛を」

ある日の教会の玄関。見事に青空を映し出している窓ガラスが出迎えてくれました。自分はどうだろう?通りよき管(くだ)として、主イエス様の姿をこんなに素敵に映し出せているのだろうか・・自分の誉れや自我に気を付けよ、と教えられた気がしたことでした。
「国籍在天」

今日は教会墓地に行ってきた。信仰の先輩方の名前が刻まれている。「我らの国籍は天にあり」の言葉を握って、笑顔で天に凱旋された諸先輩たち。残された者たちにとって、それは慰めであり、再会の希望を私たちに与えてくれる。
「講壇の花」

「一本80円だったの〜!」という百合の花と、「水曜日に見た時に、白だけじゃちょっと寂しいかと思って」と持ってきてくださった庭の花。それぞれの姉妹たちの愛が集まる。「ね、だから、うちの教会の花は素敵なの!愛が香るから」と自慢だけする私。適材適所?
「訪問者」

暑い夏の午後、教会の玄関に小さな訪問者が。よくここまで登ってきたね、と話しかけて、庭の芙蓉の葉陰への空中移動をお手伝い。From天の父「暑さの中ご自愛ください」To愛する私の子達へ、だよと伝えながら。
「危機のときに」

お見苦しい写真ですが、道端で目にする光景です。踏まないように足元に注意すべきです。しかし、危険予知の観点からは、まず、目を上げて、今、落ちてこないか確認することがより大切です。日々の歩みでも、目の前の出来事に目を向け右往左往するよりは、天を見上げることが大切だと思うのです。
「ノッポ君」

えぇ〜!?どうしちゃったの!と言いたくなるぐらい、ぐんぐん背を伸ばしていく教会の今年の向日葵。身長280cm。嬉しいけれど、大きくなったらなったで、支柱が必要かなぁと心配が絶えない親心。 
「久々の出番」

3年ぶりに、教会の大釜でご飯を炊いた。みんなで少しずつ分け合って食べるご飯の、なんと美味しいこと!教会には「愛餐(あいさん)」という言葉がある。信仰と希望と愛を分かち合いつつ共に食する、その麗(うるわ)しさを再び。

July 2023
「ミニ・ミニ発表会」

今日は賛美フラの発表会。上手とは言えないけれど、心を込めて、み言葉がベースになった賛美曲を踊る。歌詞の一つ一つを噛み締めながら、大いなる神さまに感謝を捧げ、愛されていることの嬉しさを表現する。この花たちのように仲間たちと一緒に。
「でも、愛はある」

暑くなってきたので、教会の玄関先に麦茶を用意。「冷たいけれど、愛はある」心あたたかい教会の冷たい麦茶です。ど〜ぞ。
「名を知れば・・」

いただいた花の名を忘れて「エビのような姿の花」で検索。すると和名「コエビソウ」と出てきた。で、別名「ベロぺロネ」キツネノマゴ科!って。面白すぎる。こんなに上品に階段を華やがせてくれているのに。
「紫陽花」

昨年、教会の紫陽花を思い切りよく切りすぎたせいで・・今年は一本も花芽が付かない。そう嘆くと、次から次に自宅に咲いた紫陽花を持ってきてくださる教会員の方々。ありがたいなぁ〜。今年はちゃんと隣家の師匠から教えを乞うて剪定します!
  「陽に向かって」

この暑さに背を押されたのか、教会の向日葵が咲きました。昨日もスコールのような雨。そんな様々な変化を経験しながらも、向くべき方を向く向日葵。逞しいなぁ。そうありたいなぁ。
「キャンプ」

アルバムに懐かしい写真を発見。夏の小学生キャンプ。奥びわ湖バイブルキャンプ場でのキャンプファイヤーの一コマです。今年のキャンプも、まだまだ制限下。でも、集まるみんなの熱量だけは変わっていません!!!さぁ、この夏も!
「光あれ」

入道雲が並んで通る、それが線状降水帯とのこと。豪雨のニュースを聞きながら、災害地の方々のことを祈る。こんなにも美しい自然が豹変して驚異になる現実を前に、何もできない自分を思いながら、全てのことを支配しておられる神に祈る。
「緑の中の教会」

私たちの教会が6月度阪神宣教祈祷会の会場となりました。緑に囲まれた駐車場に驚かれ、周囲の山に目を向けながらシャッターを切っておられました。私たちにとっては当たり前の景色、環境がとても素晴らしいものであることを再確認し、感謝したことでした。
「教会の百合」

教会の庭に百合が咲きました。昨日会議に来られた牧師先生が「素敵な教会ですね」と言ってくれた。それだけのことが、とても嬉しくて。喜びを分かち合う。
「カマキリ誕生」

「今年もカマキリが誕生し、活動を開始したようです。普段、なかなか目につきませんが、夏の盛りを過ぎるころには大きくなった姿を見せてくれることでしょう。見えないところの小さな自然の営みにまで目を注いでいてくださる神さまはほんとうに素晴らしいお方!
「どっぷりと」

水あげが上手くできなくて萎れた紫陽花は、花ごと水に沈めておくと復帰します。そんな情報を半信半疑で試してみたら。見事に花がイキイキと!そっかぁ、私も今日は、み言葉にどっぷりと浸かってみよう。
「ある朝」

朝、お隣さんから採れたてのキュウリを、ご近所さんから「辛くないよ」とプランターで出来た唐辛子をいただく。洗っただけでガブリッ、その瑞々しさに感嘆。初夏を乗り切る力を、自然界からも人々の愛からももらって一日が始まる。
「猛特訓中」

フラダンスを通して神様に賛美を捧げる「賛美フラ」。この賛美フラを立ち上げ、伝えてくださったN先生が今月、神さまのみもとに帰って行かれた。状況を知らずに計画していた「ミニミニ発表会」だけど・・天の御国を備えてくださったイエスさまに心からの賛美をささげたいと、みんなで練習を重ねている。
  「ビタミン・イエロー」

今年も、教会のそばの川縁に咲いた黄色い花。毎週日曜日に採ってきては教会に飾る。このビタミン・イエローが好き。一年前を思い出しながら、神様からのエールを再び受け取る。

June 2023
   「ひつじ」

「羊」って可愛いなとつい見とれてしまいますが、一方で「迷える羊」を思い出します、そんな時「迷ってないか」と我が身を顧み、良い羊飼いである主イエスを覚えることができるのは幸いなことです。羊に「ありがとう」と言わなくては。
   「ソーラーパネル」

小さなソーラーパネルで噴水が涼しげに噴き上げていました。「光の力」に驚きです、考えてみれば、腕時計や電卓など、身近なところで働いているのです。もっとすごいことは「まことの光」である主イエスさまが私たちのうちに働いていてくださるのです。
   「優しさに包まれて」

一つ一つ、こんなにも大切に包まれたビワの実が届く。送ってくれた友人は今、病と闘っている。その中で、同労者たちを労おうとする彼の心。彼も、私もそして、あなたをも大切に大切に扱ってくれる神さまが、彼の傍にいてくださるのだろう。包まれたビワは限りなく優しく甘い味がした。
   Youth Jam 2023

青年たちの夏のイベントが近づいている「対象者ひとりですが…何度か伝えても、リアクションがありませんが、また連絡してみます。」女性牧師からの一言に励まされる。そんな教会から送り出された青年たちが全国から一堂に集う。「神さま、彼らの心に、人生に触れてください!」背後の祈りがそこにはある。
   「伝えきれない」

朝露に輝く蔦。写真に撮ったけど・・拡大してみないとその水滴がはっきり見えない。こんなに綺麗なのに、こんなにキラキラしているのに。そのもどかしさ。
   「講壇の花・紫陽花」

「近くの公園で剪定され、捨てられるという紫陽花があるので。」そう言って持ってきてくださった花が、礼拝に来た人々の目も心も喜ばせてくれる。拾い上げてくれた「手」が、そこにあったからなんだね。
   「隣の庭は・・」

近所の花壇が綺麗に植え替えられていた。「わぁ〜綺麗」、そこから始まる我が庭との比較。比べまい、比べまい。そんな私を駐車場の小さな花が「お帰りなさい」と迎えてくれた。フッと気持ちが楽になった。「だたいま〜。」
 
 「育ってます!」

この冬の寒さで枯らしてしまったポトス。土の中に残った少しの根から、新しい芽が生えてきた!もう駄目だと思っていたのに。季節を備え、生命を育んでくださる神さまの力に感嘆。
 「おいでやすの心」

講壇に飾った花の残り。捨てるにはもったいないと、生け花風に挿して遊ぶ二人。中々の出来で「流派を立ち上げちゃう?」と盛り上がり、この花を玄関先に。題は「おいでやすの心」。「だって神さまが来られる方々を喜んで迎えておられるから」
 「のんびりと」

教会の駐車場のフェンスを、のんびりと降りて行くカタツムリ。「今日もまた雨かぁ」と嘆く私の目の前で、梅雨を楽しんでいる。「雨の日には雨の日の良さがあるのさ」と言わんばかりに。
 「ライフライン」

張り巡らされた送電線。電気を運びます。ガスは地下にパイプが通っています。こうして私たちに必要なエネルギーが届けられるのです。先の聖日礼拝はペンテコステ礼拝でした。私たちの「いのち」のエネルギーは「ご聖霊」によって届けられていることを再確認。
 「青い梅」

青梅だと思って採ってきたら「あら、すもも?」と言われて・・慌ててお隣さんに駆け込んで判別してもらった。梅でした。よかったぁ〜。熟すのを待っていたすももを間違って採ってきたのかと、一瞬青ざめたぁ。
「そこに泉は湧く」

「彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉の湧く所とします。初めの雨も、そこを大いなる祝福でおおいます。」(詩篇84:6 )この教会では名前の通りに、心の中に泉の湧き出るような福音の喜びと慰めが語られ続けている。
  

May 2023
   「初夏に向けて」

階段の壁を少し模様替え。「派手ねぇ〜」と言われるかとドキドキしたけど、優しい教会員たちは何も言わない。ホッ。
   「穴場です!」

「あら、四つ葉のクローバー!」教会の駐車場で草むしりをしていたら、お隣さんが見つけてくれた。その後も、見つかる、見つかる。「ここ、四つ葉の宝庫なんじゃない⁈」と二人で興奮気味に思わず、はしゃぐ私たち。
 
   「野ばら」

ホームに入っておられる方を訪問してくださるという方々に、教会のメンバーから届いた野ばらを託す。教会って、いろいろな形の愛がグルグル循環する。包まれた野ばらは清純で香り高い。みんなの気持ちがその方に伝わりますように。
    「My Church ♪」

母の日に、東京から久しぶりに帰郷した仲間たちが礼拝出席。弾けるような笑い声と、「懐かしいね」の挨拶が飛び交う。「みんなが喜んで帰ってくることが出来る教会っていいですねぇ〜」と話された言葉が心に残る。
    「信仰の輩(ともがら」

ふと見上げると教会の看板にツル草が絡まっている。「つたのからまるチャペルで・・・」と懐かしい歌の歌詞が思い浮かんでくる。そういえば、今日は学生時代、青春時代をこの教会で共に過ごした仲間が久しぶりに揃って礼拝に出席し、笑顔があふれていたな。
    「父ちゃんの庭」

ハナムグリがまるで「俺様の庭だ」とばかりに、カラーの花弁を気持ち良さそうに占領している。ケシカランと思いつつ、考えてみれば、この花も、木も、庭も、山も、みんな天の「父ちゃんの庭」だ。彼も私も、その庭で生きることを許されている。
    「はいピース」

お隣さんが畑からグリンピースを採って「はい」と渡してくださった。早速に茹でて食べよう・・おっとその前に「はい、ピース」と笑顔の写真撮影。採れたて野菜は瑞々しくて、本当に甘い。口福(こうふく)だぁ。
    「少しずつ」

規制が緩和されていく。それぞれの集会の後の、ティータイムの時間も早く復活したいよね。たくさんのお喋りと笑い声が教会に満ちますように。神の愛に満たされた時間は、本当に本当に楽しいから。この仲間たちと、この教会で。
   「教会の鈴蘭」

去年は一本だけだったのが、今年は5本花を咲かせました!ヤッタァ〜!
   「信州から」

「カラマツじゃダメ?! クリスマスの飾り。薔薇ボックリじゃないけど」とLINEが届いた。わざわざ探してくれたんだね。覚えていてくれたことが嬉しくて、嬉しくて、なんどもLINEを開いて読み返す。ここにも、この教会を愛して祈ってくれている人がいる。
   「春の散歩」

今日の散歩の戦利品。明日の礼拝を前に、神さまはちゃんと必要を満たしてくださる。階段に飾る花はこれで良し!春風と共に、聖霊の風も吹き抜けていくような清々しい空気を思い切り、深呼吸。
   「旧会堂」

「前の建物の時から気になっていました」新しい会堂が献堂されて31年が経っています。みんなが忘れてしまっていたようなこの古い教会堂が、信仰を求めて来られたその方の心にずっとあり、教会に招き続けていたのだと思うと・・本当に感謝です。
   「Make You Happy!」

いただいたコーヒーの紙袋には、「Coffee Can Make You Happy! 」とあった。そうか、コーヒーにはそんな力があったのか 笑。そう言えば教会でも、いつも笑顔と共にコーヒーが用意されている。神さまは、人を用い、コーヒーを用いて、私たちをハッピーにしてくださるのだなぁと、ちょっと幸せなCoffee break。
   「固定観念」

椿の新芽が出てきました。新芽は黄緑・・と、どこかで思い込んでた自分にハッと気がつく。そうだよね、薄茶色から深い緑に変わっていったって良いんだよね。神さまの造られた自然界の木々たちは、色々なことを私に教えてくれる。
   「朝の光の中」

ここのところ毎日、ウグイスの囀りで覚める。鳴き方を一生懸命練習しているような気がして、思わず応援してしまう。そうだね、今日一日、私も何ができるだろう愛する神さまの為に精一杯、喜びを持って。

April 2023
   「ファミリー礼拝」

いよいよ明日、「ファミリー礼拝」がもたれる。ずっと祈って、賛美練習を重ね、準備して来たもんね。声をかけて誘った家族や友人が来てくれるといいね。いつもよりちょっと長めに掃除機をかけて、窓を開ける。聖霊に満たされた、主への賛美がこの会堂に満ちますようにと祈りつつ。
   「大好きだけど」

「庭に咲いたので」といただいた鈴蘭の花束。大好きな花です。嬉しい!添えられたメモに「ちょっと毒があるので、ナメないでくださいネ ♪」とあって、笑っちゃった。うん、大好きだけど、さすがに舐めないよ。ほっこりとした時間に。
  「謎・・」

水仙の球根を太らせる為に、葉を切らないで三つ編みにしただけなんだけど・・みんなを驚かせてしまったみたいで・・。ご安心下さい、UFOとか、おまじないとは無縁です。お隣さんから教えていただいた園芸の知恵です。 
 
   「今月の賛美フラ」

イースターの週だったので、例のうさぎチョコを皆さんにも。「可愛い〜〜!」と喜んで下さって感謝。クッキーを持って来て下さった方もいて、のんびりしたお茶タイム。「どこか発表の場がないかしら?」と先生から。こんなに一生懸命練習してるんだものね。神様への感謝の思いを他の方々にも伝えたいよね。
   「見えないものに」

エアープランツは葉の表面から水分を吸収し、樹木や岩などに着生して成長し、土がなくても空気中の水分で育つのです。空気中の水分など、普段はまったく気にかけていないところで「命」が育っているのです。そうだった!私たちも上からの見えない「命の水」に生かされていることを忘れがち。
   「可愛い顔に」

シミュラクラ現象とは、3つの点が逆三角形に配置されていると「人間の顔」に見えてしまうという人の錯覚や本能のこと(「シマウマ用語集」より)。本当にその通りですね。通りすがりの土蔵の空気穴、みんなとても可愛いのです。そういえば、私たちクリスチャンには、周りのみんなをどんな時にも心から愛おしく思える、イエス様現象が起こっているねぇ!
 
   「しだれ桜」

教会の近くのしだれ桜。数年前にその巨木が折れてしまったのだとか。でも、そこに新しい枝が生えてきて、花を咲かせている。まだ小さいけれど、まだ花の数は少ないけれど・・青空の下、伸び伸びと枝を広げる様に、なんだか元気をもらう。
   「やっぱり桜♪」

4月に入り、至る所で桜の花を愛でる事が出来る。じっと見上げて、心がウキウキするのはなぜだろう。日本人だなぁ〜と思う。この時代の、この国の、この場所に産まれさせてくださった神さまに感謝を捧げる。
   「The宝塚」

すみれの咲く春到来。教会への道端にも、すみれが綺麗に整列。「聖(きよ)く、正しく、美しく」にすれば教会のモットーになるんじゃない?と誰かが言い出す、宝塚の春。
 
   「一年越しに」

咲いた♪咲いた♪ 赤、白、黄色。昨年のこのブログを読んで、三色の球根を黙って教会の庭に植えてくださった方がいる。そんな優しさに包まれて、新しい年度がスタート。振り返った時に、そこに神さまの守りがあったことを、感じずにはいられない。
   「かくれんぼ」

数日前から、シンビジュウムの花弁の奥に子供のカメムシが。お気に入りなんだね、その場所が。出て行ってもらうのも忍びなく、毎朝挨拶をするのが日課に。
   「八重のボケ」

テーブルに木瓜を飾っておくと「あっ!私の花だ」と各々が言い出す。それはボケなのか、惚けなのか、呆けなのか戸惑う祈祷会。でも皆んなで笑い合えるから、それも良しだね。八重のボケを前に、今日も笑顔が重なり合う。
   「桜を想う」

「普通の木 春になったら 桜の木」川柳です。冬の間は、すべてが枯れた茶色に見えていた山に、見事な春の絵が出現です。目立たないただの木が「時」が来ると輝くのです。神さまの不思議です。「天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。(伝道の書 3:1)
   「心が震える・・」

「時はもう昼の十二時ごろであったが、太陽は光を失い、全地は暗くなって、三時に及んだ。」(ルカ 23:44)
主イエスの十字架を覚える受難週を過ごしています。 教会の十字架がシルエットに浮かび上がり、輝いて見えました。
  「出番待ち

今年のイースターにみんなに配ろうと思っている「うさぎチョコ」。友人の手作りです。可愛いよね〜。イースターの喜びをみんなに届けてね。今年のイースター礼拝では、若手が「小さな祈り」を賛美予定。復活の主と共に生きる喜びを胸に!
 

March 2023
   「Newcomer(ニューカマー)

朝、教会の扉の外に置かれていた鉢植え。誰かが重いのを、わざわざ持ってきてくださったんだろうな。感謝して、玄関先に。一気に春めく。よろしくね。君達もこの教会を好きになってくれたら嬉しいなぁ〜。
   「ヤモリの季節」

ヤモリはゴキブリ、シロアリなどの「害虫」を食べてくれるので「益虫」といわれます。害虫と益虫の違いは何かというと、「人」の生活に役立つか被害をおよぼすかなのだそうです。「虫」そのものが益でも害でもなく、「人」が存在することで、罪のない虫が害虫にされてしまう・・。人間ってどこまでわがままなのでしょうか。
   「緋と白」

散歩の途中で、深紅のつばき、少し歩いたところで今度は真っ白の雪柳。ちょうど、イエス様の十字架を覚える期間。み言葉が思い浮かびました。「主は言われる、さあ、われわれは互に論じよう。たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ。」(イザヤ 1:18)
 
   「『な』の是非」

日曜日にいつも準備するお茶。冬場はホットにしてたんだけど。表記について「ホットの麦茶、じゃないんですね〜」と最近言われて・・そういえばなぁと気になり始めた。プレバトの俳句対決の見過ぎ?
   「赦しは二倍に」

「実は香りに誘われて沈丁花をひと枝、お庭から失敬して・・」と懺悔したら、「あら」と言って庭の奥に。ごめんなさい・・。戻ってきた手には、ふた枝の白い沈丁花、「こっちの方が珍しいでしょ」と笑顔で渡された。優し過ぎる〜。
   「要は味?」

「寒天パ○のゼリー作って持って行きます」とメールしたら「わぁ、簡単パ○久しぶりです!」と返信が来た。ハーブがなかったので冷蔵庫にあったパクチーを飾ったら「道理でセロリ系の匂いがすると思った!」と言われた、皆んな鋭いなぁ〜。これが、簡単+適当=見た目に騙されるなゼリー
   「よろしく、三代目」

二代目のオンシジュウムの最後の一花がとうとう散った。ほぼ半年!?すごく頑張ってくれたなぁ。お別れがちょっと淋しい。感謝して、お隣さんに持っていくと「じゃぁ、次はこれどう?」とシンビジュウムの鉢を選ばせて下さった。この無料レンタル蘭のシステム(←勝手に命名)、ほんと感謝しかない。
 「霜解け」

3月弥生とは言え、朝はまだ寒い。庭の花たちにも薄っすらと霜がかかる。でもね、太陽が照ると、一瞬でその霜が溶けていく。「ありがとう」と言うように、その太陽に最高の笑顔を向ける花たち。その信頼関係がね、好ましくて、つい眺める。
   「間違い注意」

オレンジマーマーレードの文字の瓶に入った、手作り林檎ジャムをいただいた。「間違えんといてな」と。大丈夫、楽しい手作り品アルアルだよね。あっ、でも家人にはちゃんと注意しとこう。この人、この間も白菜をキャベツ、ヤコブをエソウと数回言い間違えてたからね。
   「春の準備」

公園の片隅の早咲きの桜が、誰も見向きもしないところで可憐に春の準備をしています。このような小さな小さな蕾でさえも、神は見事に装ってくださっているのですね。「きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。」 
   「黄砂」

夕日が、ぼんやりかすんではっきり見えない。電線越しでは歪んで見える。どうも黄砂のせいらしい。この黄砂は、中国やモンゴルの砂漠の砂が偏西風にのって、はるばる日本まで飛んでくるという。み言葉も、黄砂のように飛んでいけ!海を越えて世界の隅々にまで拡がっていけ!と願う。
   「強者(つわもの)大根」

「拙者、この冬の寒さを乗り切った者で御座る」的な、ど根性大根がお隣さんの畑に。結構な大きさで、傷の入りっぷりといい貫禄十分。思わず「さすがで御座る」と、記念に一枚。
   「今月の賛美フラ」

今日は高校生の子が体験レッスンで参加。もうね、若い子が来てくれただけで嬉しくなっちゃうメンバー達。一緒に心を合わせてフラで賛美しながらニコニコが止まらない。あなたの存在が私たちには、どれほど大きな喜びでしょう。礼拝に来てくれる若い子たち、君たちも私たちにとってはそうなんだよ。
   「菜の花」

菜の花の季節到来。店先に食用菜の花が並ぶと、素通りできない私。食べるのも、飾るのも好き。いつも二、三本を抜いては花を咲かせて楽しむ。菜の花的には食べられちゃうのと、食用なのに飾られちゃうの、どっちが幸せなんだろう?分からないから「美味しいね」「綺麗だね」と、それぞれに心を込めて言葉をかける。

February 2023
   「木瓜のひと枝」

道端に落ちていた、木瓜のひと枝。そっと、片隅に飾っておいたら、小さな可憐な花を咲かせた。誰も気が付かないかな・・と思っていたら「あら、とうとう咲きましたね!」と声をかけてくれる人が。よかったね、みんな優しいね。じゃぁ今日は玄関先で、教会の皆さんにお礼を言おうか。
   「なぞかけ」

「早慶戦とかけて、掃除の行き届かない家ととく」という謎かけがありました。そのこころは「どちらも、でんとう(電灯・伝統)にほこり(埃・誇り)がある」。なるほどなと、思いながら、天井を眺めつつ、ふと、自分の心の中には、埃のような誇りがうずうずしてはいまいかと、問うたことです。
   「三人寄るから」

お隣さんから、手作りクッキーをいただいた。集会後にみんなでワイワイ、キャーキャー「美味しいねぇ〜!」と大喜びで食す。「数日間、騒音でご迷惑をおかけするかもだから・・」と頂いたんだけど、実はこっちの方が、笑い声やおしゃべりで、かしましい率は高いんじゃないかなぁ〜。いつもありがとう。
   「みんなの喜び」

「賛美のつどい」が久しぶりに再開。「その日は仕事で参加できないの・・その代わり」と玄関先に花を生けてくれた。「たくさんの人が来て、賛美で満たされるように祈ってるね」その心がこもった花が、優しくみんなを迎えてくれました。。
   「アメージンググレイス」

「賛美のつどい」でアメージンググレイスを賛美。悲惨な境遇の中から改心した作詞者の想いを、原文の英語で、あらためて味わってみる。
Amazing grace! how sweet the sound  That saved a wretch like me! I once was lost but now I am found Was blind, but now I see. (驚くばかりの恵みなりき この身のけがれを知れる我に)
   「あたたかい教会」

フキノトウが芽を出していました。春のあたたかさが溢れ出ています。教会の標語の一つがあたたかい教会です。私たちもまた神さまの愛をいっぱい受けて、周りにあたたかさをお届け出来たらいいですね。

   「EASTER ♫(イースター」

友人から「今年の新作、EASTERの飾りです」と荷物が届いた。センスの良い友人を持つ幸せ。丁寧に作られた作品を前に、しばしウットリ。イースターの喜びが俄然湧き上がる。さぁこれを飾って、教会のみんなでイースターを待ち望もう!死を打ち破り、永遠の命への道を開いてくださったイエスさまの復活を!
   「クリスマスローズ」

クリスマスと言う名前ですが、日本では1-4月が花期だそうで、今まさに咲き始めています。花は下方向に咲きますから、のぞき込まないと見えません。そう言えば昨年のクリスマスでは「謙遜のキリスト」が語られました。頭を垂れて咲くこの花を、ひざをかがめてのぞき込みながら、あらためて自らの謙遜さは如何と心に問うことでした。
 
   「この先に」

近くの交差点の電柱に、教会案内の看板が設置された。みんな見てくれるかなぁ。車のナビはいつもこの辺りから「この先、細い道に入ります」と案内する。「この先行き止まり」の看板も途中にあるから、みんな不安になるらしい。でもね、この先にあるんだよ。宝塚泉教会♫ 神さまの愛に溢れた場所だから。この先に、みんな来てね。
   「視点」

「これ使ってご覧。新しい世界が見えるよ」といただいた携帯電話用レンズ。魚眼、マクロ、広角とレンズが変えられる。「へぇ〜!これが100均で!?」の感想はさて置き。今までと違った物に見える世界がそこに広がる。同じ物を見ているのにね。不思議。
   「スタンバイOK!」

祈祷会後に「今度の礼拝にどうかな?」と、わざわざ神戸から買ってきた花を何度も生け直している。「神さまにお献げする花だからさぁ」と真剣に。神さまに向けられた、彼女のその素直な愛が眩しい。その傍らで魚眼レンズで遊んじゃった私・・反省。「日曜の朝、もう一度見直すから、ここに置いといてね」と玄関先に講壇の花がスタンバイ。芳香を放つ。
 
   「気づかなかった」

今までは見えていなかった。こんなにも小さな傷がいっぱい。気が付いてあげられなくてごめんね。私たちの神さまは、一人一人の心を、丁寧に見て優しく寄り添ってくださるお方。だから「神さま、今、病気の愛猫のそばで心を痛めている、あの子の心を守ってください。」と祈る。私にはできないから・・
 
   「今月の賛美フラ」

今年に入って「朝ごとに♫」の練習に入っています。「朝ごとに新しい主の恵み受けて、変わらない主の愛に私は生きる・・」透き通った賛美の歌声に合わせて、心からその恵みを噛みしめつつ、難しいステップに挑戦中。「手の振りに気を取られるとつい足が・・」と、ブレイクタイムの嘆きが皆んな一緒で、ホッ。
 
  「木芽月(このめづき)」

早く春が来て欲しいですね、と言う挨拶の言葉をかわしながら今日も冷たい雨。そんな中、枯れたように見える木の枝先に新芽が顔を出していました。つめたい雨に打たれながらも、健気です。確実に春が近づいているのです。「原に若草が・・・わたしたちも春の喜びを歌おう 春を造られた神さまを歌おう」(新聖歌477番)
 

January 2023
   「傾聴」

大雪予報で「不急不要の外出はお控えください」とのこと。しかし実際は「猫がこたつでまるくなる」とはいかず、なにかしら忙しくしていないと落ち着かない・・。「傾聴」の一環で「自然の音を聴く」ことがあります。庭を見てハッ!今日は私も家で、「ちいさなかぼそい御声」に静かに耳を傾けましょう。
   「はなはだ良かった」

雪の結晶。こんな細かいところにまで目を配られるなんて。神さまって、なんて素晴らしいデザイナー。「神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。」(創世記1章31節)
 
   「仲良く、一緒に」

雪が降れば、やっぱり作らずにはいられない「雪だるま」。一人では寂しかろうと、お隣にもう一人。アダムを作った神さまも、こんな気持ちだったのかなぁ。教会の玄関先で、祈祷会や賛美フラの方々を仲良くお出迎え。その姿に「なごむ〜」の声。
   「その花は・・」

今日の礼拝は講壇交換で、みんなの大好きなO先生。先生の為に用意しました〜的な、この綺麗な花が、実は前日の結婚式の為の花だったことは、内緒〜〜。

    「友情の証し」

「気に入ってくれるかなぁ」親友のために用意したブーケ。「春菊の葉っぱも入っちゃってるけど・・」春菊??あぁ、大丈夫。それマーガレットの葉っぱだから。あなたの心をわかってくれない彼女じゃないよ。嬉しいけど、盗られちゃうようでちょっと寂しい。でも心からの「おめでとう」が溢れる結婚式。神さまの祝福を教会のみんなが祈る。
 
   「我らは知る」

買い物途中の畑の南天。厳しいこの寒さが、こんなにも美しい鮮やかな色を生む。神さまの慈愛の目が注がれているところでは「凡てのこと相働きて益となる」。そっかぁ、じゃぁ私も、もう少し頑張ろう。と重い荷物を持ち直す。
  「君の名は」

妹から、箱いっぱいのヒマラヤ杉の実「シダーローズ」が届いた。嬉しい。お隣さんに話したら「あぁ、薔薇ボックリね」って。なに、その可愛い名前。ますます愛おしくなる木の実たち。さぁ、これで何を作ろうかなぁ。
  「目のあるところ、目の付け所」

新年最初の散歩でジョービタキに出会いました。頭が黒いため、たというまく写真が撮れても「目」がはっきりしないことが多いのです。写真の「目」をご覧ください。ちょっとオーバーですが、光り輝いています。 聖書でイエス様は「目のあるところに心がある」として目の付け所、見るもの、見ているものが何かを問われています。清く正しいものに目を止め、見つめ、目を輝かして今年一年も歩みたいと思わされたことでした。
   「聖書に親しむ方法?」

車の新しいナンバープレートを覚える為に、語呂合わせを考えています。聖書の章と節というのもアリですね。「・・・たとい彼らが忘れるようなことがあっても、わたしは、あなたを忘れることはない。」との素晴らしい御言葉に出会うことも。自分の誕生日、住所や電話番号・・・どんなみ言葉が隠されているのか、なにか楽しくなりませんか。皆さんも試して見られたらいかがでしょうか。
   「顔出し水仙」

駐車場の水仙が花を咲かせ始めた。でも、この早咲き君たち、みんなフェンスから外に顔を出して咲く。「社交的だよね〜」と言うと「太陽がそちらに照るからね」と。・・何故なのかって、知っていくって大切だね。人のことも花たちのことも。
  「意外な賞賛」

外で拾ってきた物を、例のどんぐりの虫干しのお盆に置いてったらこうなった。拾ったり採ったりするのって好きなんだよねぇ〜。でも、だからって使い道が・・。しょうがなく溜め込んでたんだけど、「あら良いセンス!」と評判がよく・・。意外だぁ〜。
   「上を向いて」

賛美の歌詞に心奪われる。王の王、主の主なるお方に心を明け渡し、この福音を伝えようと目を上に向ける。そう、上を向いて神さまの「聖」を見つめて生きよう。心からの礼拝をささげながら。この年も。
   「New Year!2023」

クリスマスが日曜日の年は、迎える元旦も日曜日。一年の初めを、聖日礼拝で迎えられるのって嬉しい。気持ちも引き締まる。2023年もよろしくお願いします。今年も宝塚泉教会、わちゃわちゃと笑いあいながら、神さまと一緒に前進していきます!乞うご期待。
 

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